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『虐殺器官』

個人的にSFはお気に入りのジャンルの一つで、読むことにおいてはミステリーの次――ファンタジーと同じくらい好きです。

一口にSFと言っても、巨大ロボットがガチャガチャしている世界から、現代とそう極端にはテクノロジーのレベルが変わらない世界を描いたものまで様々ですが、良質なSF作品は現代には存在し得ないテクノロジーや理論を介して、人間の素晴らしさや業を見事に描き出してくれるので、そういうところがとても好きですね。

伊藤計劃さんの『虐殺器官』もそうした作品の一つでした(以下、ネタバレがありますので、ご注意下さい)。


と言っても、原作の小説を読んだ訳ではなく、映画を見ただけなのですが(とりあえず映画は原作に忠実という前提で話を進めます)、見終わった後あんなに満足感のあった映画は久し振りです。

主人公がアメリカ情報軍に所属する軍人さんという、日本人の作家さんにしては珍しい設定で、「何で主人公が日本人じゃないんだろう?」と疑問に思わずにはいられなかったのですが、ラストシーンを見て漸く伊藤さんの意図がわかりました。

日本を舞台にしたら物語が成立しないとまでは言いませんが、あのラストシーンはアメリカを舞台にしたからこそ引き立つものだったので。

9.11のあのテロ以降、ある程度の平和と豊かさを享受している国の人々は「殺し合いなら内輪でやれ」という思いを抱いていたとしても、その思いを公言することは憚られて、積極的に口にしようとする人はあまりいない気がしますが、そこに敢えて切り込んで、人間の傲慢さや非情さを暴き出した伊藤さんのセンスに脱帽しました。

今の生活の裏で、不当に搾取され続けている人がいる以上、本当なら今の生活を続けるべきではないのでしょうが、なかなか今の生活を手放す勇気が持てないんですよね……。

罪深いことですが。

人間が持つ虐殺に関する器官に干渉する術を見出した一人の男性、その男性を止めようとした女性、その女性を止めようとした男性、その男性と敵対した男性――全員が誰一人として幸せになれない悲しい物語で、それぞれが自分の愛する人のために行動した結果があの結末だと思うと何ともやり切れません。

でも主人公が愛する女性のために、これまで愛してきた人達と決別する覚悟で、新しい世界へと旅立つあのラストシーンは、孤独ではありましたが、決して悲惨なものではなく、寧ろとても美しいと思いました。

彼の勇気で、世界がほんの少しでも良くなればいいと、そう祈らずにはいられないラストシーンでした。

「これは凄い作家さんだ!」と感動しましたが、残念ながら伊藤さんは既に他界されているので、もう新作は読めないんですよね。

こんなに才能に溢れる方が早くにこの世を去ってしまうなんて……もっともっといろんな作品に触れてみたかったです。

原作の評判がとても良かったので、いつか読もう読もうと思いつつ、何となく今日まで来てしまいましたが、いい機会なので今度原作を読んでみようと思います。





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