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『火星年代記』

レイ・ブラッドベリさんの『火星年代記』<新版>を読みました(以下ネタバレを含みますので、ご注意下さい)。


かなり古い作品で、初版は何と一九五〇年だそうですが、後に改稿したり、序文や書き下ろし二編を追加したりして、この<新版>の形になったらしいです。

火星の人々や火星に到達した人間を描いた短編集で、なかなか読み応えがありましたね。

いきなり原爆が爆発してオーストラリアが吹っ飛んだりした時には、あまりに荒唐無稽な展開に目が点になったりしましたが(笑)、そういったところを差し引いても十分面白かったです。

個人的には『地球の人々』という短編が印象深かったですね。

地球からやってきた人々が「自分達は地球から来たんだ」と言っても、火星の人達に全く相手にしてもらえず、精神病院に入れられてしまうのですが、「宇宙船に乗って宇宙を旅するという発想がない人達には、異星人は狂人にしか見えない」という発想がなかったので、なかなか新鮮でした。

あと、『火の玉』もいかにもSFっぽい感じで良かったです。

SF作品って、「肉体なんて不便なものは捨てて、より高次元の存在になろう」と志していたり、実際にそうして肉体を捨て去っていたりする人がちょくちょく出て来たりしますが(この『火の玉』のエピソードにもいました)、ファンタジーだとより高次元の存在を目指してる人は大概大いなる力を手に入れることに意識が向いていて、肉体を捨てるという発想がない気がしますね。

個人的には体なんてなければ、それだけで最強じゃないかと思うのですが。

たとえ核ミサイルを撃ち込まれたところで、肉体がなければ死にようがないでしょうしね。

という訳で、私が書いている神と魔王にも肉体がないのですが、このエピソードを読んで(多分)SF寄りの発想であることに初めて思い至りました。

ありがとう、SF。

そして作者の皆さん、素晴らしい作品をありがとうございます。

今まで私が読んだことのあるSF作品は大半が小松左京賞受賞作品だったりしますが、他にももっと読ませて頂きますので!





何だか話が逸れたので、『火星年代記』に戻しましょう。

私が読んだのは文庫版で、トータル四〇〇ページ以上という結構な長さだったのですが、一話終わるごとにまた新しい主人公で新しい物語が始まるので、飽きずに最後まで読むことができました。

しかも最後の『百万年ピクニック』がとても印象的な、余韻が残るラストで、読み終わった後に満足感があってとても良かったです。

今から七十年近く前に書かれたとは思えない程古さを感じさせませんでしたし、流石ブラッドベリさんの最高傑作と讃えられているだけのことはありますね。

これからも長く読み継がれていくに相応しい作品でした。





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