『戦闘妖精・雪風<改>』
一九八四年に初版が出た旧版を改定(ちなみに改訂版の初版発行は二〇〇二年です)したものだそうですが、続編に上手く繋げるための多少の修正と語句の表記の見直し以外は当時のままだそうです。
実は小説を読む何年も前にOVA版を見たことがあるのですが、その時は原稿をやりながら斜め見していたこともあって、内容がイマイチよくわからないところがあったものの、小説を読んだらちゃんと理解出来ました。
あやふやな記憶ですが、OVA版は最後のエピソードが原作とは結構違っていた気がするので、そのせいもあるのかも知れません。
この小説は<ジャム>と呼ばれる異星体を迎え撃つため、フェアリイという惑星で戦いを続ける空軍に属する深井零さんというエース・パイロットの戦いを描いているのですが、零さんの任務は「雪風というパーソナルネームを持つ戦術戦闘電子偵察機に乗って、<ジャム>との戦いのデータを取り、そのデータを無事に持ち帰ること」なんですよね。
なので「味方が攻撃されようが、撃墜されようが、助けずに無視して帰投する」ことが求められていて、その任務についている人達は作中で「非人間的」だと繰り返し言われているのですが、読み進めて行けば零さんに友達がいたり、友達が身に着けているサングラスのメーカーが気になったりするという、ごく普通の青年らしいところが見えてきて、人が言う程酷い人ではないことがお分かり頂けると思います。
個人的には「インディアン・サマー」というエピソードの零さんが、とても印象深かったですね。
零さんがトマホークさんという男性とコンビを組んで、<ジャム>に乗っ取られた空母に潜入するのですが、トマホークさんは<ジャム>に襲われて、命を落としてしまうんです。
零さんとトマホークさんは任務で顔を合わせただけの、よく知らない人同士なのですが、「持っている物を人と分け合うのが当たり前」といったおおらかな考え方をするおじいさんに育てられたトマホークさんに、零さんはとても親しみを覚えたようですね。
「自分はもう助からないから行け」と言うトマホークさんを、何とか一緒に連れ帰ろうとしたものの、結局一人で脱出するのですが、帰投する雪風の中で計器が読めなくなる程泣いていました。
私もトマホークさんが死んでしまった時にはとても悲しい気持ちになりましたが、涙を零す程ではなかったので、零さんが私なんかよりもずっと悲しくて辛かったことがわかって、彼が冷酷に振る舞う一方でとても人間的な面を持っていることがよくわかりましたね。
まあ、フェアリイに送られる人々の大半は犯罪者ということなので、「零さんの人格に全く問題がない」と言うと語弊があるかも知れませんが、多分彼は人の荒んだ面をたくさん見る内に自分の心まで荒ませてしまっただけで、根はそう悪い人ではないのだと思います。
悪い人ではないと言えば、零さんの友達であるブッカー少佐(ブッカーさんにとって零さんは「親友」だそうですが、零さんはブッカーさんに対して「友人」以上の言葉を使っていなかった気がするので、二人の気持ちにちょっと温度差を感じないでもありませんが(笑))も犯罪者だらけの軍にいるとは思えない程いい人ですね。
非人間的な振る舞いが求められる軍隊において、人に優しくあることで自らの人間性を保とうとしているところがあるので、純粋に「いい人」とは言えないのかも知れませんが、零さんが出撃する時にはいつも無事を祈っていますし、何もできなくてもただ零さんの手を握って側にいるシーンとか、零さんを本当に大事に思っていることを強く感じました。
この二人にはできれば幸せになって欲しかったです(遠い目)。
OVA版がバッドエンドとは言わずとも、ちょっと切ないエンディングだったので、原作はもうちょっと希望が持てるエンディングだといいなあと思いながら読み進めていたのですが、そんな願いを打ち砕くラストで、少なからず衝撃を受けましたよ、ええ。
雪風の不滅ぶりと女王のような傲然たる振る舞いが印象的で、納得のエンディングではあるのですが、しかし零さんはあの後どうするのかなあと思わずにはいられません。
「信用できるのは雪風とブッカー少佐だけ」と公言していた零さんが、雪風がブッカーさんにした仕打ちを知ったら、雪風を許せるんですかね?
雪風に乗ることが全てだった零さんも、最後のエピソードで「雪風と飛べるのはこれが最後」と言われていたので、ある程度雪風と別れる心づもりはできていたと思いますが、流石にあれはショックが大き過ぎる気がします。
人間を乗せているとあまり無茶な機動はできませんから、雪風にとっては人間なんて邪魔なだけでしょうし、雪風の行動原理は機体とデータの保全を第一にしているので、雪風がああした理由も理解はできますけどね。
この物語は全編に渡って「人間は戦争に必要なのか」という問いかけがなされているのですが、その答えは最後のエピソードのあのエンディングに集約されている気がします。
機械が人間の有用性を認める限りにおいては必要なのかなと。
そう考えれば、雪風が零さんを機体から脱出させた理由も腑に落ちますしね。
多分雪風は、数々の<ジャム>を退けてきたエース・パイロットを死なせるのは損失が大きいと考えたのでしょう。
個人的には「雪風が幾度も死線をくぐり抜けてきた戦友を死なせたくなかった」と思いたいところですが、雪風にそんなヒューマニズムは期待できませんし。
でも今は必要でも、きっといつか機械が人間を必要としなくなる時が来るのでしょうね。
AIが人の仕事を奪うなんてことが現実味を帯びてきた昨今、そう遠くない未来に人々は本当に「人間は戦争に必要なのか」という問いに直面しそうですが、一九八四年にこの小説を書いた神林さんは本当に凄いです。
結局最後まで読んでも、<ジャム>とは何者なのか、何故人より機械を敵視するのか、雪風に固執していた節があるのはどうしてなのかといったことはわからないのですが、そんな不可解さも<ジャム>という存在の不気味さを強調していて良かったと思いますね。
Wikipediaさんによると、神林さんはこのシリーズで三度も星雲賞を受賞していらっしゃるそうですが、それだけの受賞回数に相応しい作品と言えるでしょう。
個人的には今まで読んだSF小説の中で五本指に入る面白さでしたし、もしSF好きな方でまだこの本を読んだことがないという方がいらしたら、是非ともオススメしたい一冊です。
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